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牛坂

現在の西麻布四丁目、旧麻布笄町の坂。東が坂下の笄川暗渠で、西が青山の高台になる。北には平行して笄坂が、南には御太刀坂、さらにその南に堀田坂が通っている。

坂下の小さな十字路は、数々の伝説を持つ笄橋跡だが、笄川も暗渠となり、現在その面影を伝えるものは何も残っていない。

坂の名の由来は、荷をひく牛がこの坂を上ろうとさしかかった際に、急勾配に苦しみ喘いで鳴いたことからつけられた。別名「牛鳴坂」とも言う。かつては坂の両側は鬱蒼とした樹々に覆われ昼も暗く、小学生が登下校に通行することを禁じられるほどであったが、現在はその樹々もほとんどなくなり、丸裸という印象である。昔は雨上がりにはよくガマガエルが出て来て、車に轢かれているのを見たが、もう今はガマガエルもいないのだろうか。

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外苑西通りから一本裏が坂下です。正面の十字路が、あの伝説の笄橋がかかっていた場所で、笄川は右から左に流れています(今は暗渠なので見えません)。左手手前には昔銭湯「吉の湯」がありました。

2004.5.23撮影

笄橋跡をアップで。交差点内にあるマンホールの下には今でも川が流れています。源経基の伝説など、複数の伝説があります。今は高級外車がひっきりなしに通りすぎます。

2003.5.23撮影

坂下から標識を入れて一枚。私が子供の頃、この標識にいたずら書きをした子供がいました。その名も「牛肉坂」。おなかが空いていたんでしょうかね。今みたいにうるさくない時代でしたので、長い間そのままになっていました。

2004.5.23撮影

坂を上り始めてちょっといったところから、坂下に向けて撮った一枚。笄橋の十字路の向こうが外苑西通り、その奥はテレビ朝日通りに抜ける大横町坂です。

2004.5.23撮影

上り始めてすぐ右側にある麻布霞町教会です。質素な感じのこぢんまりとした教会です。

2004.5.23撮影

教会を過ぎてさらに上ってから、坂下を写しました。昔はこの辺りは鬱蒼とした樹々に遮られ、昼でも暗かったのですが、今ではまったく面影がありません。

2004.5.23撮影

坂の中腹左側には若葉会幼稚園があります。昔はもっと素朴な雰囲気の敷地や建物だったような気がします。今やなかなか難関の名門幼稚園のようです。

2004.5.23撮影

奥に坂上の交差点が見えています。牛坂は勾配が途中から急になったりせず、ずっと同じ傾斜です。ずっと急ってことですね。左側がマンションになり、木がまた減りました。

2004.5.23撮影

頂上手前から坂下に向かって。右側の樹々が、ほんの一瞬だけ、かつての面影を伝えています。確かに木を切って道が明るくなった方が安全なのでしょうが、ちょっと寂しい気もします。

2004.5.23撮影

頂上手前にあるお宅。落ち着いた風情です。一昔前までは、そこら中にこういった門構えのお宅があったのですが、一軒ずつマンションになってしまいました。

2004.5.23撮影

坂上の十字路です。この十字路が一番高く、奥は窪地のようにちょっと低くなり、日赤通り商店街が再び高くなっています。

2004.5.23撮影

頂上から坂の全景を写しました。目を閉じると、かつてこの地を荷を積んだ牛が苦しみながら上って来た様子が思い浮かびますね。

2004.5.23撮影


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2004年6月6日公開  2005年4月16日更新


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