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新坂(しんざか)

現在の南麻布四丁目と南麻布三丁目の境界、旧麻布富士見町麻布本村町の境界を南北に走る坂。天現寺橋交差点から古川橋交差点へ向かう明治通り沿いが坂下(南端)で、有栖川公園に向かって北に上る。長くてカーブが多い坂なので、様々な表情を持つ坂である。

坂の名の由来はその名の通り「新しい坂」なのだが、実はこの坂は非常に古く、坂が開かれたのは元禄12(1699)年のことである。

 

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細くて長い新坂を上りましょう。一枚目は坂下から坂上に向かって写したものです。くねくねと曲がっている坂なので、坂上はまったく見えません。

2005.1.4撮影

坂下にある港区の標識です。新坂は古い坂であるという説明が書いてあります。300年以上前に開かれた坂だそうです。その頃の風景を思い浮かべてしまいます。

2005.1.4撮影

上り始めて振り向いた景色です。正面の大通りが明治通り、高架は古川の上にかかる首都高2号線です。古川沿いは旧麻布新広尾町になります。

2004.1.4撮影

少し傾斜がきつくなってきました。奥には最初のカーブが見えています。坂の上にいくほど傾斜がきつくなるのは麻布の坂共通です。

2005.1.4撮影

最初のカーブまでやってきました。私が子供の頃は一軒家が多かったのですが、いつの間にかこの辺りもマンションばかりになってしまいました。

2005.1.4撮影

左の場所から坂下に向かって振り向いて写しました。この坂はずっとくねくねと曲がってますが、坂を開いた当時、何か地形的にこうする必要があったのでしょうかね。

2005.1.4撮影

最初のカーブを曲がったところから坂上を見ています。奥に次の左カーブが見えています。マンションが多くなり両側の木々がなくなってしまい、少し寂しいですね。

2005.1.4撮影

左の写真の場所から坂下に向かっています。奥から手前への一方通行ですが、交通量はそれほど多くありません。たまに車が通るぐらいです。

2005.1.4撮影

左の写真とだいたい同じ場所です。写真向かって左側が麻布本村町、右側は麻布富士見町です。今の南麻布三丁目と南麻布三丁目の境界でもあります。

2005.1.4撮影

左カーブの地点まで来ました。この辺りで一旦傾斜がなだらかになります。大通りからどんどん離れて行くので、昼でもとても静かです。

2005.1.4撮影

坂の左手のお屋敷の塀に、このような「トマソン」を発見しました。かつて門か何かだった場所を塗り込めてしまい、「無用門」ができあがったようです。

2005.1.4撮影

左カーブの地点まで到達しました。もう既に坂下はカーブの向こうに消えてしまい、ここからは見ることができません。高い建物が少なく、見晴らしは悪くありません。

2005.1.4撮影

左カーブを曲がると、まっすぐ坂上までが見通せるようになります。坂の傾斜はこの辺りの坂にしては若干ゆるやかになっています。左側の塀が高く聳えます。

2005.1.4撮影

左カーブの先から坂下方面に向かって一枚。高い塀と細く曲がりくねった坂のコントラストがなかなかの風情です。

2005.1.4撮影

カーブを曲がり終えて直線になりました。坂下に向かって写しています。右側の敷地にはまだ木々が多く残っており、往年の坂の印象を残しています。

2005.1.4撮影

坂上の交差点に到着です。まっすぐ行くと有栖川公園、右に行くと本村小学校と奴坂、左に行くと新富士見坂方面にぶつかります。

2005.1.4撮影

坂上交差点から坂下に向かって写しましたが、当然のことながら最初のカーブまでしか見えません。坂はここまでということですが、手前に向かって傾斜が続きます。

2005.1.4撮影

新坂の道はさらに上に向かっています。右手はフィンランド大使館(旧麻布プリンスホテル)、その奥は料亭「有栖川清水」です。麻布プリンス、懐かしいですね。

2005.1.4撮影


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2005年1月23日公開  2005年1月30日更新


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