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落合坂(おちあいざか)

現在の麻布台一丁目、旧麻布我善坊町にある坂。我善坊町の中心を東西に貫く坂で西が高く東へ行くほど低くなる。飯倉片町の交差点から北へ向かう行合坂の、V字型に一番低くなっている谷底が落合坂の一番高い位置となり、そこから東に我善坊谷が刻んでいる。

坂の由来は、この坂を経由して赤坂新町や今井村の人達を行き合ったので、落合坂と名付けたとあるが、この説明では落合坂ではなく、行合坂の説明になってしまうように思う。落合坂の位置には異説があるとあるが、他にこの近辺にある坂といえば行合坂であり、行合坂には古い言い伝えがないことからも、昔は行合坂のことを落合坂と呼んだのではないだろうか。また、昭和35(1960)年発行の「港区史」では、落合坂は「由来、所在不明の坂」とある。ということは、昭和35年当時にはこの坂には名前がついていなかったのだろうか。謎が多い坂ではあるが、風情のある良い坂だ。

 

写真で見る落合坂(写真をクリックすると拡大表示されます)

我善坊町の落合坂を西から東へと下って行きましょう。一枚目は坂のスタートです。行合坂の一番低い地点が落合坂の一番高い場所になります。T字路の交差点から、細い谷が始まります。

2004.6.19撮影

左の写真にもありますが、坂上に設置されている港区の標識には、住民の人が勝手に設置したと思われる、小さなミラーが括りつけられています。見通しの悪い通りなので仕方がないのでしょうが、何だか標識が気の毒です。

2004.6.19撮影

落合坂を下り始めてすぐに、突き当たりのT字路に向かって撮った一枚。奥のコンクリートの壁は、都道415号(放射1号)道路です。もともと谷間だった道を、高速道路を通すために平坦にしたため、このような異様な地形に。

2004.6.19撮影

坂を下り始めてすぐ右側に、横川省三記念公園があります。こぢんまりとした公園で、あまり子供が遊んでいるのを見かけることもありません。大人が休憩していることの方が多いかも。

2004.6.19撮影

坂を下り始めてしばらく行ってから坂上を振り向いてみました。急坂が多い麻布の坂ですが、この落合坂はゆるやかで優しい勾配が続きます。突き当たりに見えるクリーム色とブルーのラインが首都高速環状線です。

2004.6.19撮影

坂上から見て右に折れる路地です。この一帯は窪地ですが、古いお宅が多く残っており、緑も多いのが特徴です。

2004.6.19撮影

こちらは坂上から左に折れる路地です。路地に面して住宅が続き、生活の匂いがします。ノラネコが顔を出し、植木鉢が並べられています。

2004.6.19撮影

旧我善坊町の住所が書かれた古い表札を見つけました。住居表示の実施からもう40年が経ち、旧町名の書かれた表札を見つけるのも一苦労です。

2004.6.19撮影

大分下ってきました。ゆるやかにカーブしていることがわかります。谷底でもあることから、この道沿いにも昔は水の流れがあったものと思われます。

2004.6.19撮影

ビルが少なくて空が広く見えます。谷底なのに、空が広いとは何だか不思議な感じですが、実は右手には泉ガーデンなどの六本木一丁目再開発が迫っています。

2004.6.19撮影

この写真の右手に坂下側の坂の標識が立っています。しかし、坂下と呼ぶには、実際落合坂はこの先もゆるやかに下り続けており、ここで坂が終わりという感じはしません。

2004.6.19撮影

2002年の暮れに撮った、ちょっと古い写真です。右の写真の場所に建っていた塀に残っていた古い住所のプレートですが、その後取り壊されてしまいました。今や貴重な写真です。

2002.12.31撮影

坂下の先には霊友会の大きな建物と、その向こうには東京タワーが聳えています。霊友会の建物は麻布飯倉町、東京タワーは旧芝区の芝公園になります。

2002.12.31撮影

古い町並みが多く残っている我善坊町ですが、森ビルが再開発用地として買い上げを続けており、廃屋が多くなっています。もうこれ以上の再開発はいらないと思うのですが。

2002.12.31撮影

我善坊谷から麻布市兵衛町の台地を見上げています。もともと地形としても奥が高くなっているのに、台地の上に再開発のビルがドーンと建ったため、猛烈な威圧感です。

2004.12.31撮影


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2004年8月28日公開


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