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芋洗坂(いもあらいざか)

六本木交差点の角にあるアマンドの脇から麻布十番方面に下る坂。旧麻布六本木町から旧麻布日ヶ窪町へと下る。現在は六本木六丁目と六本木五丁目の境界に位置する。環状3号線の麻布トンネル、六本木トンネルの全面開通までは交通の要衝で、常に車が渋滞する道であったが、新一の橋から青山方面へ抜ける環状3号線の開通で車の数は劇的に減少した。かつては道沿いの急な勾配に「吉野川」という小川が流れていたといい、坂名の由来も、この吉野川の清流で芋を洗ったからということらしい。また、古い時代においては芋洗坂の坂上側始まりは現在の六本木交差点ではなく、現在のピラミデ方面(麻布警察裏)からの道であるとの説もあり、さらに、饂飩坂と芋洗坂が逆に記されている古地図もある。

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芋洗坂のスタートはあの「六本木アマンド」脇から。アマンドの脇にうつっているトラットリア「シシリア」はいつも大盛況の老舗で、まだこの一帯に飲食店がほとんどなかったころから営業を続けていると聞いたことがあります。私のこのお店のピッツァが大好きです。

2004.2.29撮影

坂上から坂下に向かって一枚。今では日中もほとんど車が通らず静かな雰囲気ですが、私が子供の頃はいつも大渋滞で、田町駅行のバスに乗っていてもなかなか車が進まずイライラしたものです。

2004.2.29撮影

饂飩坂との分岐点あたりから坂上に向けて撮った一枚です。饂飩坂との合流地点までは、芋洗坂は、交差点方面から下るだけの一方通行となっています。車の量が減るのに伴って、飲食店の数も昔より減ったような気がします。

2004.2.29撮影

麻布警察署の裏、ピラミデ方面からの道との合流箇所です。文献によっては、江戸期の芋洗坂は、右手に見える現在の六本木交差点が始点ではなく、左手奥に続く道であったと記されています。左手の道を奥に行くと、六本木ヒルズの森タワーに行き着きます。

2004.2.29撮影

芋洗坂と饂飩坂の分岐点です。右が饂飩坂で、上るだけの一方通行、左が芋洗坂で、下るだけの一方通行。で、手前が芋洗坂の坂下になります。かつて清流吉野川が流れていたと言いますが、どのあたりだったのでしょう。

2004.2.29撮影

坂上から見て中腹右手にある朝日神社。北日ヶ窪一帯の神様です。天慶年中(940年頃)に開かれた神社で、日ヶ窪神社と呼ばれたそうです。関東大震災と戦災により二度消失しましたが、いずれも再建されました。

2004.2.29撮影

坂下の勾配が終わるあたりから坂の中腹に向けて一枚。両側の建物はすっかりビルばかりになり、昔から道幅の広がっていない坂はとても窮屈そうに見えます。道路の下には都営地下鉄大江戸線も通り、ますます騒々しい感じです。

2004.2.29撮影

急勾配が終わり、ほぼ平坦になった位置から、さらに低地となる麻布十番方面に向けて撮った一枚。この先で道は「けやき坂」と環状3号線の交差点に行き当たります。ほんの10年前までの景色からは想像もできない変わり方です。

2004.2.29撮影

坂の下にある港区立六本木中学校。向こうに六本木ヒルズの森タワーが聳えています。以前ここは城南中学校と呼ばれていましたが、三河台中学校と統合され、新たに六本木中学校として生まれ変わりました。

2004.2.29撮影


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2004年3月7日公開  2006年4月9日更新


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