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阿衡坂(あこうざか)

稲荷坂は現在の南麻布三丁目、旧麻布本村町を東西に走る細い、しかし深い坂である。東は北から南へと下る薬園坂から始まり、急な下りを経て再び上りに転じている。本村小学校や釣り堀の衆楽園を挟むように北の奴坂に並行しており、本村町の高台の中の窪地を構成している。

道幅は細いが谷は深く雄大な坂であるが、あまり有名な坂ではないようで、最近の文献やウェブでも紹介されていないことが多い。坂の名の由来としては、この坂の南側に保科肥後守の屋敷があり、「阿衡」とは将軍を補佐する摂政または宰相を差す言葉で、この保科肥後守がまさに阿衡であったとのこと。徳川二代目将軍秀忠の時代のことである。

車の往来もほとんどない静かで深い谷を歩くと、江戸の時代もそれほど遠くないように思える。麻布では貴重な静寂に包まれた坂である。

写真で見る阿衡坂(写真をクリックすると拡大表示されます)

旧麻布本村町の歴史深い阿衡坂を歩いてみましょう。両端が高台で真ん中が低くなる坂です。こちらは東側から西に向かって写しています。正面がガクンと低くなっています。

2006.4.1撮影

左の写真を撮った場所は南北に走る薬園坂の途中です。薬園坂を南に向かって写真を撮るとこのような感じになります。まっすぐ下ると四の橋です。

2006.4.1撮影

同じ場所から坂上に向かって写すた景色です。すぐに坂上の辻で、右に行ってまた下ると絶江坂に出ます。本村町の南斜面は並行して坂が続いています。

2006.4.1撮影

阿衡坂を下り始めました。激しい斜面でしかも道が狭く、奇妙な静寂に包まれます。ここが麻布であることを忘れてしまう景色です。

2006.4.1撮影

坂の斜面に面した住宅の小さな庭にはチューリップの花が咲いていました。派手ではありませんが何ともいえず暖かい景色ですね。

2006.4.1撮影

30秒も歩くと道はすっかり低くなっていきます。振り向いて坂上を見上げると、マンション5階分とも6階分ともつかないほどの高さです。

2006.4.1撮影

谷底まで下りてきました。正面道路左側の車が駐車している辺りが一番低くなっており、その向こうは再び急斜面の上りになります。

2006.4.1撮影

谷底から坂上を臨みます。坂上のマンションは低層マンションなのですが、ここから見るとはるか頭上に聳えるように見えますね。

2006.4.1撮影

谷底から脇に抜ける路地です。一本北を走る奴坂との間には衆楽園という釣り堀もあり、この辺りには水脈が生きています。川の痕跡があちこちに見られます。

2006.4.1撮影

谷底を南に向かうと新しく整備された公園があります。かつてはここに水路があったという痕跡がが見られます。四の橋から古川に注いだのでしょうか。

2006.4.1撮影

ずいぶんマンションも増えてきましたが、まだ木造住宅も健在です。通り抜ける車はないため、しんとしています。ほっとする空気です。

2006.4.1撮影

北に向かう住宅の庭ですが、ここが一番低い地点で、ここに川の流れがあったのではないかと思います。二つ左の写真の公園に続いていく流れです。

2006.4.1撮影

谷底から西に向かうと再び急な上り坂になります。あまりに急なので石段が併設されています。冬場に雪が降ったら上るのが大変ですね。

2006.4.1撮影

西側の斜面を上り始めるとすぐにネコが昼寝をしていました。この坂ではあちこちでネコを見かけました。やはりネコもこののんびりした雰囲気に呼ばれるのでしょうか。

2006.4.1撮影

西側の斜面を上ります。一直線の急な上りです。最近補修されたような雰囲気です。左側の石段は昔からあったのでしょうか。

2006.4.1撮影

だいぶ西の斜面を上ってから東の坂上に向かって振り向いて写しました。敢えて東から西へ、または西から東へ用がないのにこの坂を通る人はいないでしょうねえ。

2006.4.1撮影

西側の坂上です。この先には本村小学校の校庭が待っています。奴坂が表の坂、この阿衡坂が裏の坂という感じですね。どちらも急峻な坂です。

2006.4.1撮影

西側の坂上に到着して東側を振り向きました。残念ながら東側の坂上は見えません。狭くて地味な坂ですが、歴史の息吹を感じる良い坂でした。

2006.4.1撮影


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2006年7月23日公開


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