ホーム>旧町名>麻布谷町

麻布谷町


■ 町域

麻布最北端の町で、北側は赤坂になる。市兵衛町の尾根と今井町の尾根の間に挟まれた、名前の通り谷あいの町だが、実際は六本木通りが一番低くその両側に尾根があるため、谷底の平地よりも斜面地の方が多い。そのため町内には坂が多く、道源寺坂三谷坂南部坂などがある。現在の六本木一丁目の一部と、六本木通り及び首都高速3号線を挟んで反対側の六本木二丁目の一部で構成される。北で赤坂福吉町、赤坂榎坂町、赤坂霊南坂町、東で市兵衛町、南で箪笥町、西で今井町と接する。

■ いわれ

麻布谷町の起立は明治2年だが、一帯には「谷」のつく町が幾つもあったという歴史もあり、いずれにしても、谷間の町だから谷町と名がついたことに間違いはないだろう。

■ 歴史

麻布谷町は古くからの町屋であり、幾つかの町が合併されて成立している歴史がある。麻布谷町成立以前の、それぞれの町の歴史を調べることから始めよう。

麻布谷町は、元和6(1620)年に太左衛門なる人物が町を開いたのが始まりとされる。太左衛門の来歴は不明で、始めは今井谷村と唱えていた(「今井」は当時この辺りの広域俗称)が、村が発展し、今井谷町となり、さらに麻布谷町となる。

麻布今井谷町は、寛永7(1630)年より法雲寺地だったが、享保年中(1716〜1735)に同寺が麻布櫻田町に移転した跡地を今井三谷町の者が譲り受け、享保19(1734)年に町家家作を願い出たのが始まり。麻布谷町と区別するため、「今井」を冠したようだが、時期によって麻布谷町も今井谷町と名乗っていた時期があるのでややこしい。

麻布今井三谷町は、承応3(1654)年に元地が御用地となった人々が移転してきたのが始まり。三谷町という名は、昔この辺りに南谷、北谷、中谷という三つの谷あいがあったためという説と、最初家が三軒しかなかったので三屋と唱えたのが始まりという説がある。

西光寺門前は、万治2(1659)年に境内の年貢地の一部が町家となったが中絶、宝永2(1705)年に復活を許された。

江戸期にはこの一帯に遊女屋があったというが、詳細は不明。また、これらの町屋の周辺には武家地があったという。

谷町の祖、太左衛門の子孫で谷町の名主だった太市郎は姓を米良と名乗り、「谷町に過ぎたるものは米良の蔵」と言われるほどの羽振りだったというが、残念ながら明治に入って離散したという。

明治2年、麻布箪笥町、麻布今井三谷町麻布今井谷町今井寺町西光寺門前、麻布法音寺門前、麻布湖雲寺門前を麻布谷町に合併したが、翌明治3年12月、今井三谷町、今井寺町、麻布今井法音寺門前が合併し、東今井町として独立(詳細は今井町のページを参照)、箪笥町もまもなく分離した。さらに明治5年には武家地を合併し、町域がほぼ完成する。

町内の久国神社の近くに龜の井という清冽な井戸があったというが、明治中頃に失われたという。また、桜川という川があり、町内に鶴ヶ橋という石橋が架けられており、「風雅づくめの名を以て呼ばれてゐた」(「麻布區史」)が、その桜川も今は暗渠となっている。桜川については赤坂、芝、愛宕を流れ、芝の将監橋で古川に注いでいるという。今後詳細を調べてアップしていきたい。

明治35(1902)年の「新選東京名所図会」では、一帯には小売商と家職の者が多いとある。太平洋戦争では町の西半分が戦災で建物を失ったが、戦後は表通りが商店、裏通りが中小住宅となった。

■ 現況

太平洋戦争後に拡張されて広くなった電車通り(今の六本木通り)の上を、オリンピック後に首都高速が通ったため、同じ谷町にもかかわらず、東側と西側は完全に分断されてしまった。麻布谷町という名は住居表示で消えたが、首都高速3号線と環状線の合流地点が「谷町ジャンクション」として残り、知名度は今でも高い。

1980年代に森ビルが計画した最初の再開発「アークヒルズ」により、麻布谷町の六本木一丁目側地区は完全消滅した(再開発完成当初は「赤坂アークヒルズ」と呼んでいたが、現在は赤坂の冠を外し、単に「アークヒルズ」と呼ぶようだ。アーク森ビルの真ん中あたりが谷町と北隣の赤坂榎坂町との境界になる)。

元来谷底の町であるところに高速道路の高架が二重に通り、そこに高層ビルが林立したため、ビル周辺は一日中まったく陽が当たらない状況になっている。一方六本木通りを挟んで反対側の六本木二丁目側は、表通りは完全にオフィスビル化してしまったにもかかわらず、一本裏道に入れば、久国神社を中心とした古い町並と人々の生活が今なお活きていて、由緒正しき町屋、谷町ここにあり、という印象を持たせる。

暗渠となった桜川の痕跡を見つけることは今のところ全くできない。きちんと資料を集め、かつての清流を追ってみたい。

■ 町内の坂

三谷坂
道源寺坂
南部坂
スペイン坂

■ 町内の神社仏閣

久国神社
永昌寺
西光寺
道源寺

■ 町内の教育施設

なし

■ その他町内にあるもの(あったもの)

アークヒルズ
桜川(今は暗渠)
首都高速谷町ジャンクション

■ 参照ページ

麻布今井三谷町
麻布今井谷町
今井寺町
湖雲寺門前
西光寺門前
麻布春桃院門前


旧町名一覧に戻る

「麻布細見」トップページへジャンプ
2004年1月11日公開 2005年12月30日更新


(c) 2003-2006. Kasumi Miyamura. All rights reserved.