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麻布竹谷町


■ 町域

区南東部、本村の尾根から東の古川の谷に向かう傾斜地で、高台、斜面、低地と3つの側面を持っている。ほぼ四角形の町域最北端には仙台坂があり、坂の途中には韓国大使館もある。全域が現在の南麻布一丁目に含まれる。北東で山元町と、東で東町と接する。南で新堀町、南西から西、北は本村町に接する。

■ いわれ

古来この一帯を里俗として竹ヶ谷と呼んだことによる。他に「ねくるみ村」とも呼ばれたらしく、鶯の名所として巣立野とも呼ばれた。「うぐいすをたづねたづねて阿左布まで」という松尾芭蕉の句は、この辺りのことを指しているようだ。

■ 歴史

明暦年間(1655〜1658)に仙台伊達侯(松平陸奥守)の下屋敷が町域全体に設けられ、享保8〜10(1723〜1725)年に、その東部1/3ほどが旗本などの屋敷となり、幕末までその状態が続いた。

明治5年に竹谷町が起立したが、明治末頃になっても人家はまばらで町域の大部分は野原であり、植木商の仙華園が見物客を集めていた。昭和16年発行の「麻布區史」では、仙華園の活況を以下のように伝えている。「六番地の仙華園は、明治の中期舊伊達侯下屋敷の一部に開いたものであるが、その栽培の盆栽花卉類は明治から大正へかけて東部に鳴り響いたものである」「仙華園は竹谷町に在って盆栽花卉の栽培を主として、牡丹・梅・朝顔・菊・萩等百花の花壇があって四季夫々都人の杖を曳くものが多かった」

その後、町の北大部分が松方邸となり、徐々に住宅も増えたという。

■ 現況

仙台坂上を中心に高台と斜面には大邸宅や低層の高級マンションがずらりと並んでいる。古川に近い低地には町工場や住宅が多いが、マンションも増えてきている。飲食店やオフィスビルなどはあまり多くなく、落ち着いた住宅地の趣が深い。町会活動が活発なのも特徴で、2003年には「竹谷町ホームページ」が完成し、21世紀の新たな町会活動の形態が模索されている(竹谷町ホームページの管理人・仙華さんは私の大先輩です)。

■ 町内の坂

仙台坂

■ 町内の神社仏閣

高尾稲荷神社(今はない)

■ 町内の教育施設

なし

■ その他町内にあるもの(あったもの)

仙華園(今はない)
大韓民国大使館
竹の湯


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2004年1月11日公開 2004年12月25日更新


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