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芝御霊屋御掃除屋敷代地


■ 町域

現在の東麻布一丁目、住居表示前の旧麻布飯倉町五丁目のうち、都道319号の新一の橋〜赤羽橋交差点の、赤羽橋交差点付近にかつてあった赤羽稲荷神社周辺の小さな町名。赤羽橋交差点から、やや新一の橋交差点に寄った地点の一角が町域であった。

■ いわれと歴史

この代地の拝領主は中山文次という者で、先祖は徳川家康が伊賀越えをした時からの家来であった。家康の江戸入国後、寛永9(1632)年に掃除役を拝命し、翌年には芝岸町脇に150坪の屋敷を賜った。その後何度か用地替えがあり、天明7(1787)年に屋敷が召し上げとなった際に、当地に91坪の代地を受け、町名を芝御霊屋御掃除屋敷代地と呼ばれた。

明治2年に芝御霊屋御掃除屋敷代地は麻布飯倉町五丁目に吸収され、町名は消えた。

■ 現況

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ 町内の坂

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ 町内の寺社仏閣

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ 町内の教育施設

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■ その他町内にあるもの(あったもの)

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ 参照ページ

麻布飯倉町


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2005年1月1日公開


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