ホーム>旧町名>芝永井町代地

芝永井町代地


■ 町域

現在の東麻布一丁目、住居表示前の旧麻布飯倉町五丁目のうち、赤羽橋交差点角の北西側角地の一角が町域。現在赤羽橋交差点のガソリンスタンドあたりが町域となる。

■ いわれと歴史

芝永井町とは現在の芝公園三丁目と四丁目の一部、国道1号桜田通りの飯倉交差点の北東側にあった。芝永井町という町名は江戸期に消滅しており、明治以降は芝永井町周辺は芝栄町と呼ばれた。

文化8(1811)年に牛込市ヶ谷周辺で起きた火災が芝周辺まで類焼した。その際芝御霊屋御掃除屋敷、芝永井町、芝青龍寺門前の三町が火除け地として召し上げられた。住民は赤坂溜池沿いと飯倉周辺に代地を受けたが、芝永井町代地はそのうちの一つ。

明治2年に芝永井町代地は麻布飯倉町五丁目に吸収され、町名は消えた。

■ 現況

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ 町内の坂

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ 町内の寺社仏閣

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ 町内の教育施設

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ その他町内にあるもの(あったもの)

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ 参照ページ

麻布飯倉町


旧町名一覧に戻る
「麻布細見」トップページへジャンプ
2005年1月4日公開


(c) 2003-2006. Kasumi Miyamura. All rights reserved.