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飯倉町続芝永井町代地


■ 町域

現在の東麻布一丁目、赤羽橋交差点周辺に江戸期にあった町名。住居表示前は旧麻布飯倉町五丁目の、現在の赤羽橋交差点角あたりに位置する。

■ いわれと歴史

芝切通し金地院表通りにあった町屋が文化8(1811)2月に火災で類焼し、その後その土地が増上寺の火除け用地とされたため、住民が滝川安芸守屋敷跡に元坪通りの代地を受けて移ってきたのがこの飯倉町続芝永井町代地である。当時、この地域は、東は増上寺山内、西は青木民部少輔中屋敷、南は飯倉的場屋敷、北は飯倉五丁目であった。

明治2年に麻布飯倉町に吸収され、町の名は消えた。

■ 現況

飯倉町のページを参照してください。

■ 町内の坂

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■ 町内の寺社仏閣

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■ 町内の教育施設

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■ その他町内にあるもの(あったもの)

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■ 参照ページ

麻布飯倉町
飯倉町続芝永井町上納地代地


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2004年4月24日公開

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