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麻布宮下町


■ 町域

芋洗坂を下り、麻布十番商店街に向かう一帯の細長い町。現在は全域が麻布十番一丁目に含まれる。麻布十番通りと環状3号線の間が町域で、ミナト商会脇の路地を北東端とし、陶器の酒井商店の角まで、雑式通りを南西端としている。北側一帯で南日ケ窪町永坂町と接し、東は新網町二丁目と、南は坂下町に、南から西にかけて宮村町と接する。十番通りに沿う形で、北東から南西に向かってゆるやかに土地が低くなっているが、全域古川に向かう低地。

■ いわれ

現在本村町にある氷川神社が以前は宮村町にあったことは宮村町のページで触れたが、宮下町の名は、「宮の下」からついたと思われる。また、この地域を俗称で「末広」や「稲荷前」などと呼ぶが、これは、現在のハラストアーの場所にあった末広神社に因んだものである(末広神社のあった場所は坂下町に含まれる)。末広神社は戦争で消失し、現在では十番稲荷に合祀されている。

■ 歴史

江戸初期までは、八重葎(やえむぐら)の茂る草地だったそうだ。宝永6年(1709)に幕府の表坊主などの拝領町屋敷となり、正徳3年(1713)町方支配となった。

明治維新前後では町域に変化はなく、維新後に商店が多くなり、麻布十番商店街を構成するようになる。太平洋戦争中は全域が建物疎開となったが、戦後早々に復活した。

■ 現況

麻布十番商店街側の町域一帯は、ずらりと商店と飲食店が並ぶ。木造家屋だった商店が次々とペンシルビルに建て替えられ、今では木造家屋の商店の方が少なく、数軒しか残っていない。一方東京オリンピックを目指して整備された環状3号線が1990年代に入ってようやく麻布トンネル、六本木トンネルが全線開通したことで機能するようになり、環状3号線沿いの交通量は飛躍的に増えている。商店街側に較べると規模の大きな中高層のビルが目立ち、1階に飲食店が入っている建物も多い。中小企業のテナントも多いようだ。

■ 町内の坂

なし

■ 町内の神社仏閣

なし

■ その他町内にあるもの(あったもの)

麻布十番温泉
越の湯
暗渠


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2003年11月29日公開 2004年4月24日更新

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