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麻布宮村町


■ 町域

旧麻布区のほぼ中心部にある町。現在の元麻布一丁目、二丁目、三丁目の大部分に六本木六丁目の一部、麻布十番二丁目の一部を含めた地域。町域はほぼ四角形で広く、また高低の差も激しい。概して西側がテレビ朝日通りの尾根に向かって高く、東側が麻布十番の暗渠に向かって低くなっている。交際差が大きいため坂も多く、暗闇坂狸坂など、麻布を代表する坂も擁している。

麻布十番商店街の一部と六本木ヒルズの一部を町域に含むが、町域の大部分は閑静な住宅街であり、繁華街の顔と住宅街の顔を持つ。町内には大隅山、内田山という二つの山がある。

北側で北日ヶ窪町と、東側では南日ヶ窪町宮下町坂下町一本松町と接する。南側では西町本村町と、西側で三軒家町櫻田町との境界を持つ。

■ いわれ

昔から麻布村の中で、宮村と呼ばれていた地区。麻布村総鎮守である氷川社があったから名前がついたと思われる。集落はかなり早い段階に、氷川社周辺に成立していたらしい。ちなみに氷川神社は江戸時代に入った万治二年(1659)に、本村町の現在地に移転しており、現在は宮村町に氷川神社はない。

■ 歴史

江戸時代は北側は大部分内田出羽守の屋敷となっており、南側の竜沢寺周辺が百姓町屋、東側の一角が町屋であった他は大部分が寺社地や武家地であった。大部分が高台だが、麓一帯は薮下(やぶした)と呼ばれ、江戸時代には私娼窟として知られた。延宝6(1678)年に、それまで狸穴町に寺地を持ち、安全寺門前町屋を有した日蓮宗安全寺が当地に替地を拝して移転してきたが、移転後は門前町屋は持たなかった。

明治に入り、内田出羽守の武家地(内田山)、渡辺大隅守の武家地(大隅山)他寺社地などを吸収し起立。高台は高級住宅地に、谷間は小商店などへと発展した。

■ 現況

町の北端に位置する玄碩坂一帯は六本木六丁目再開発によって跡形無く消滅し、現在では六本木ヒルズの高層住宅棟が聳えている。一方、町域の中心部や西部においては閑静な高級住宅地となり、徐々に低層マンション化が街全体で進んでいる。その一方で、町最南端部には、「東京真空地帯」で取り上げられている古い町並が現在もほぼ完全な形で残されてもいる。さらに、東側の低地部分については、六本木ヒルズ開業によって拡大しつつある麻布十番商店街の一部として、飲食店やブティックなどが並ぶ一帯となっている。

■ 町内の坂

内田坂(うちだざか)
大隈坂(おおすみざか)
暗闇坂(くらやみざか)
狸坂(たぬきざか)
宮村坂(みやむらざか)
さくら坂(さくらざか)
玄碩坂(げんせきざか)(今はない)

■ 町内の寺社仏閣

安全寺(あんぜんじ)
広称寺(こうしょうじ)
光隆寺(こうりゅうじ)
本光寺(ほんこうじ)
長玄寺(ちょうげんじ)
竜沢寺(りゅうたくじ)

■ 町内の教育施設

港区立南山小学校
港区立南山幼稚園
東京都立城南高等学校
港区立麻布保育園

■ その他町内にあるもの(あったもの)

内田山
大隅山
宮村池(ビオトープ)
原金 金魚屋(今はない)

■ 参照ページ

麻布狸穴町
安全寺門前


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2003年10月6日公開 2006年1月4日更新

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