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麻布狸穴町


■ 町域

麻布区東部の町。北側は外苑東通りの尾根で高台になっており、南は古川の谷に向かって斜面となり、南端の狸穴公園周辺が一番低い。高台も西の飯倉片町方面が一番高く、東の東京タワーに向かう飯倉交差点に向かって低くなっている。

狸穴町は区画整理・住居表示の際に住民から抗議行動が起こり、旧町名が残った。麻布で旧町名が残っているのは狸穴町と永坂町の二箇所だけである。しかし、狸穴町と言えば「ソ連大使館(現在のロシア大使館)」というぐらい、狸穴町とソ連大使館はセットで考えられているが、狸穴坂よりも東側のロシア大使館部分はもともとは狸穴町の町域だったのに、麻布台二丁目の一部とされてしまい、狸穴町はっ本来の町域の半分程度の広さになってしまった。このページでは本来の町域を基準とし、他の旧町名同様、近隣地区の住居表示によって町が小さくなってしまう前の町域で扱うことにする。

町の北では飯倉片町と、北から東にかけては飯倉町と、南は森元町北新門前町新網町と、西で永坂町と接する。

■ いわれ

古川に向かう斜面の谷間に魔魅(まみ)が住んていたためという説が多く、魔魅は雌狸とも、アナグマとも言われている。また、まみとはまぶ(黄金)のことであるという説もあり、この地から砂金が出たというものである。前者の説の方が説得力があるように思う。

■ 歴史

町屋は現在の外苑東通りから狸穴坂に入るあたりにできたという。明暦2(1656)年の地図ではまだ町屋ではなく、秋田淡路守屋敷となっており、寛文2(1662)に町方支配となった。町屋は上述の高台と、狸穴坂中腹の二箇所に別れていて、飯倉狸穴町と称した。それ以外の町域は幕末まで武家地であった。延宝6(1678)年まで、宮村町に移転した安全寺が当地にあり、寺地には門前町屋を有し、安全寺門前と称した。

明治5年に周辺の武家地を合併し、麻布狸穴町が起立する。その後は閑静な住宅地となった。昭和5(1930)年にロシア大使館が移転してきた。

■ 現況

外苑東通りには飲食店が多く見られるが、ロシア大使館周辺にはそれほど見られない。また、狸穴坂周辺から谷に下る一帯は今も静かな住宅地となっており、マンションも見られるが、景観に溶け込んでいるように思われる。坂を下って狸穴公園周辺には、若干の商店や町工場も残っている。狸穴公園には小さな祠が祀られており、狸穴大明神と書かれてある。

■ 町内の坂

鼬坂
鼠坂
狸穴坂

■ 町内の神社仏閣

狸穴大明神(狸穴公園内)

■ 町内の教育施設

なし

■ その他町内にあるもの(あったもの)

狸穴公園
ロシア大使館
アメリカンクラブ

■ 参照ページ

安全寺門前
麻布宮村町
飯倉永坂町


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2004年1月18日公開 2006年2月20日更新


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