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麻布教善寺門前


■ 町域

現在の六本木五丁目、住居表示前の旧麻布六本木町にある浄土宗寺院、教善寺の門前町屋で、江戸末期まで存在した町名。教善寺は現在も同じ場所にあり、町屋は古地図から見ても饂飩坂の登り口周辺一帯と思われるが、火災に遭った後は麻布北日ヶ窪町に代地も受けていた。

■ いわれと歴史

教善寺は慶長元(1596)年に芝西窪(西久保)に創建された。寛永3(1626)年に徳川二代目将軍秀忠の夫人、崇源院が亡くなり、火葬を麻布の原で行った。同5(1628)年に三回忌の法事を勤めたことで、寛永6(1629)年に教善寺、深広寺、光専寺正信寺が、葬儀の行われた一帯の土地を拝領した。拝領地は、崇源院の火葬が行われた場所から風下一帯だったという。教善寺は延宝6年に火災に遭い類焼し、北日ヶ窪町つづきに代地を受ける。元禄15年に門前家作を願い出て、元地と代地それぞれに門前町家を設けた。

明治2年、元地は麻布六本木町に吸収され。代地は麻布北日ヶ窪町に吸収され、町名は共に消滅した。

■ 現況

麻布六本木町麻布北日ヶ窪町のページを参照してください。

■ 町内の坂

麻布六本木町麻布北日ヶ窪町のページを参照してください。

■ 町内の寺社仏閣

麻布六本木町麻布北日ヶ窪町のページを参照してください。

■ 町内の教育施設

麻布六本木町麻布北日ヶ窪町のページを参照してください。

■ その他町内にあるもの(あったもの)

麻布六本木町麻布北日ヶ窪町のページを参照してください。

■ 参照ページ

麻布六本木町
麻布北日ヶ窪町
麻布光専寺門前
麻布正信寺門前


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2004年7月10日公開 2005年4月24日更新

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