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麻布光専寺門前


■ 町域

麻布光専寺門前は、旧麻布六本木町、現在の六本木七丁目の六本木交差点付近に現在もある浄土真宗寺院、遍照山光専寺の門前町屋で、江戸末期まで存在した町名。現在は六本木交差点から六本木通りを100メートルほど西麻布方向に行った場所にある。寺院は六本木通り開設の際に若干移動している可能性が高い。

■ いわれと歴史

光専寺は増上寺末寺として慶長19年の開創。元和6年に市兵衛町に移転した。寛永3(1626)年に徳川二代目将軍秀忠の夫人、崇源院が亡くなり、火葬を麻布の原で行った。同5(1628)年に三回忌の法事を勤めたことで、寛永6(1629)年に教善寺、深広寺、光専寺、正信寺が、葬儀の行われた一帯の土地を拝領した。拝領地は、崇源院の火葬が行われた場所から風下一帯だったという。 その後延宝6(1678)年正月に火災で類焼し、門前町屋のうち表通り94坪あまりが用地となり、同じ年に麻布六本木つづきに代地を受けた。そのままの状態で幕末を迎え、明治2年に麻布六本木町に吸収され、町名は消えた。

■ 現況

麻布六本木町のページを参照してください。

■ 町内の坂

麻布六本木町のページを参照してください。

■ 町内の寺社仏閣

麻布六本木町のページを参照してください。

■ 町内の教育施設

麻布六本木町のページを参照してください。

■ その他町内にあるもの(あったもの)

麻布六本木町のページを参照してください。

■ 参照ページ

麻布六本木町
麻布正信寺門前


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2004年8月28日公開 2005年4月24日更新 (c) 2003-2006. Kasumi Miyamura. All rights reserved.