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麻布北赤羽河岸


北赤羽河岸は町域が自然消滅したため、飯倉町の地図を表示しています。

■ 町域

飯倉五丁目の南側、古川沿いに明治になってから設けられた河岸地。住居表示で旧町名が消えた時点では既に帳簿上に名前だけが残っている河岸地名となっており、実態としては飯倉五丁目の一部になっていた。明治、大正期にどの程度の範囲が独立した河岸地として存在していたのかは不明。現在の東麻布一丁目の一部。北は飯倉町五丁目と森元町に、南は芝赤羽町と接する。

■ いわれ

江戸期から古川沿いの赤羽河岸に毎朝魚市がたち、魚屋が寄り集まり、ちょっと商売をしていくので「一寸河岸」と呼ばれたのが次第になまり、「ちょろ河岸」と呼ばれたという。

■ 歴史

明治期に河岸地として独立したと思われるが、既に昭和16年(1941)年発行の「麻布區史」では一町として扱っていない。昭和35年(1960)の地図でも、地名だけを記してあり、町域は書かれていない。実態は飯倉五丁目の南端、古川沿いである。

■ 現況

首都高速2号線高架下の地域。都営大江戸線の赤羽橋駅の出口がこの地区にできた。

■ 町内の坂

なし

■ 町内の神社仏閣

なし

■ 町内の教育施設

なし

■ その他町内にあるもの(あったもの)

特になし

■ 参照ページ

麻布飯倉町


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2003年12月30日公開 2005年1月4日更新


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