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麻布順了寺門前


■ 町域

現在の東麻布一丁目、住居表示前の旧麻布飯倉町五丁目に江戸期に存在した町名。土器坂を飯倉交差点に向かって上り始めてすぐ左側にあったようだ。

順了寺という寺院は浄土宗寺院であったようだが、昭和16(1941)年発行の「麻布区史」では既に記載がない。また、昭和35(1960)年発行の港区史の「廃絶転出寺院一覧表」には名前の記載はあるが、転出または廃絶した年や転出先などは不明となっている。

■ いわれと歴史

寛永12(1635)年に台徳院(徳川二代目将軍秀忠)の別当、恵眼院門誉上人が西久保羽根町裏通り山際に下屋敷を拝領した。しかし、その後その場所は用地に召し上げられ、慶安元(1648)年に現地を替地として拝領した。いつの頃からか順了寺といい、境内には門前町家が出来たが、古い書類が消失しており、詳細は不明。

明治2年に麻布順了寺門前は麻布飯倉町五丁目に吸収され、町名は消滅した。その後明治9年、明治20年の地図には順了寺が確認できるが、それ以降の地図では同じ場所に順了寺の文字は確認できなくなった。この時期に廃絶または移転したものと思われる。

■ 現況

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ 町内の坂

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ 町内の寺社仏閣

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ 町内の教育施設

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ その他町内にあるもの(あったもの)

麻布飯倉町のページを参照してください。

■ 参照ページ

麻布飯倉町


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2005年4月10日公開 2005年9月18日更新


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