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麻布一本松町


■ 町域

一本松坂から仙台坂上へ続く尾根を中心に、北は暗闇坂、東は大黒坂、西は狸坂で低地に向かう斜面となる。低地という低地はないが、狸坂の下、宮村町との境周辺は清水も流れ、低くなっている。ほぼ正方形だが、狸坂に沿って西に楔形に張り出した部分がある。西から北は宮村町、北から東にかけて坂下町と、南は山元町西町に接する。町域に大通りがないため、奥まった場所という印象がある。

現在の元麻布一丁目の一部、元麻布二丁目の一部、麻布十番二丁目の一部から構成される。

■ いわれ

町内に今でも残る一本松が町名の由来。この一本松には伝説がある。源経基に関する伝説で、笄町の伝説の続きとなるものである。笄橋を渡った経基は、その後麻布の民家に投宿した。その際に着ていた装束を松に掛けたため、冠松と呼ばれるようになり、やがて一本松として語り継がれるようになったというもの。

他にも伝説はあり、むかし松乃宮様という人が京都から下ってきて、この松の場所で亡くなった。衣冠と遺体を埋め、本人を偲んで松の木を植えたというもので、この説によると松乃宮様の共の小野某が、そばに如意輪観音の木造を安置して草堂を結んでいたが、やがて観音像は近所の長伝寺に移されたという。

■ 歴史

もともとは麻布村の一部だった地域が、寛文8年(1668)頃に分かれて一村をなしたらしい。しかし、その頃の地図によると、麻布村地、寺地、武家地などが入り交じっている。その後町屋が徐々に増えていったという。

明治2年に台雲寺門前を合併、同5年には武家地寺地も合併したが、明治時代には町域は寺が相当の面積を占めていて、商店、民家はわずかしかなかったという。その後次第に中規模以上の高級住宅地が形成されていった。

■ 現況

一本松交差点の高台を中心に高級住宅地となっており、低層マンション化も進んでいる。また、以前ほどではないであろうが、寺も多く、さらに、オーストリア大使館の敷地もある。暗闇坂は抜け道となっており、道幅は狭いが交通量が多い。坂下方面には中小住宅も多い。

■ 町内の坂

一本松坂
暗闇坂
七面坂
大黒坂
狸坂

■ 町内の神社仏閣

賢崇寺
大法寺
長伝寺
徳正寺
本善寺(今はない)

■ その他町内にあるもの(あったもの)

一本松


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2003年11月30日公開 2004年12月25日更新

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