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今井寺町


■ 町域

今井寺町は二カ所に分かれており、どちらの町域も現在の六本木三丁目に含まれる。明治初期に町の名は消滅し、住居表示前は片方の町域は麻布今井町に、もう片方の町域は麻布市兵衛町に含まれた。片方の町域は六本木プリンスホテル近く、なだれ坂に点在する寺の向かい一帯、もう片方の町域は現在のIBMビルの坂上一帯か。 一部には入寺町という里俗もあったようだ。

■ いわれと歴史

二カ所の町域は成り立ちから異なる。麻布今井町側の町域は、今井村の住民が承応3(1654)に元地が御用地になり移ってきた人々によって開かれ、正徳3(1713)年に町方支配となった。この辺り一帯には寺が多かったので、今井寺町と唱えたという。市兵衛町側町域は、もともとは妙心寺の地中大法院の抱屋敷だった場所が元禄3(1690)に光林寺に譲られた場所が、元禄8(1695)年に同寺が麻布富士見町に移転し(光林寺門前ページも参照)、跡地に南部信濃守医師上領随庵が移ってきて、享保19(1734)年に町家家作を願い出て、町方支配となった。光林寺の跡地なので、寺町と唱え、今井町側と同一の名称となった。

また、町民の一部が道路拡張の際に立ち退き、現麻布十番三丁目、住居表示前の麻布網代町に代地を受け移転、今井寺町代地ができた。

明治2年、今井寺町は麻布谷町に合併され、町の名は消える。翌明治3年には今井寺町、麻布今井三谷町、今井法音寺門前の町域だった場所が東今井町として独立する。しかし、さらに明治5年、東今井町は周辺の武家地とともに今度は麻布今井町に合併された。

■ 現況

麻布今井町麻布市兵衛町のページを参照してください。

■ 町内の坂

麻布今井町麻布市兵衛町のページを参照してください。

■ 町内の寺社仏閣

麻布今井町麻布市兵衛町のページを参照してください。

■ 町内の教育施設

麻布今井町麻布市兵衛町のページを参照してください。

■ その他町内にあるもの(あったもの)

麻布今井町麻布市兵衛町のページを参照してください。

■ 参照ページ

麻布網代町
麻布谷町

麻布富士見町
麻布今井三谷町
今井寺町代地
光林寺門前


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2004年4月25日公開 2005年1月8日更新

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