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飯倉新町


■ 町域

現在の麻布十番一丁目のうち、環状3号線道路よりも北側(十番稲荷側)の、一の橋交差点付近。明治初期に消滅した古い町。住居表示前は新網町二丁目であった。

■ いわれと歴史

幕府御用の植木商の小右衛門という人物が江戸中期にあった。享保8(1723)年に、赤坂今井台、麻布、赤羽の三カ所に約38,000坪を幕府より預かり、今井台には馬場と遠的場を、麻布十番には馬場を築き、荒れ地を開発して竹や木を多く植え、幕府に無償で納めた。これが認められ、享保9(1724)に当地の永拝借を仰せ付けられ、町名がなかったところに、享保20(1735)年に飯倉新町と唱えるようになった。

明治2年に飯倉新町は周辺町屋とともに新網町二丁目に吸収されるが、明治4年の六大区制の際に再度飯倉新町として独立、さらに明治6年の十一大区制施行の際に再び新網町二丁目に吸収され、町の名は消えた。

■ 現況

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■ 町内の坂

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■ 町内の寺社仏閣

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■ 町内の教育施設

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■ その他町内にあるもの(あったもの)

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■ 参照ページ

麻布新網町


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2004年4月10日公開

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