■ 町域
現在の永坂を坂下から向かって右側、現麻布永坂町の一部。永坂は東京オリンピックの際に首都高速を通すために全面的に新しい道に作り替えられているため、位置の特定は難しいが、坂下の参議院副議長公邸周辺か、洋食屋「大越」あたりか。江戸末期の古地図を見ると、麻布永坂町と飯倉永坂町が飛び飛びに、交互に現れている。
■ いわれと歴史
延宝6(1678)年ごろに、狸穴町のうち徳川綱重の下屋敷用地に召し上げられた代地のようである。
明治2年に飯倉永坂町は麻布永坂光照寺門前とともに麻布永坂町に吸収され、町名は消えた。
■ 現況
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■ 町内の坂
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■ 町内の寺社仏閣
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■ 町内の教育施設
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■ その他町内にあるもの(あったもの)
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■ 参照ページ