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麻布本村町


■ 町域

現在の元麻布二丁目の約半分(有栖川公園側)、南麻布三丁目全域、南麻布二丁目の約半分(天現寺交差点側)、さらに南麻布一丁目のうち、氷川神社周辺の一部により構成される広大な町域を持つ。北で三軒家町宮村町西町山元町盛岡町と接し、東で竹谷町新堀町と、南で新広尾町と、西で富士見町と接する。高台と古川沿いの低地が複雑な地形を作り上げており、坂も多い。町域にがま池がある。

■ いわれ

古くから人が住み着いた土地らしく、貝塚もある。麻布の語源である「阿左布」という地名はこのあたりを指したものと推定され、本村つまり麻布の中心の意味を持つ町である。

■ 歴史

町家は仙台坂上交差点から薬園坂に向かう通りの両側にでき始めた。町内及び周辺は、上之町(北部)、谷戸町(東北部)、西之谷(西部)、絶江(南部で川南、大南町、仲南町とわけて言っていたところ)、川南町(古川沿いの低地)、仲町などの俗称があった。

正徳三年(1713)にこれらの古い村が町方支配に入る。町内には外に武家地や寺地もあった。江戸時代初期には町の南側が幕府の麻布御薬園となっていたが、その後は土屋相模守の屋敷になった。

明治2年、本村町は東福寺門前、麻布春桃院門前を合併、さらに明治5年には武家地寺地も併せ、本町域となった。高台は高級住宅地となり、会社官庁の陵、外国人住宅も多いが、古川ばたの低地には小住宅、小商店、工場などもあった。

■ 現況

町域内に大動脈となるような大通りがないため、バブル期を乗り越え、比較的落ち着いた佇まいを残している。元麻布二丁目には麻布中学・高校があり、裏手にはがま池が生き残っている。がま池周辺は落ち着いた邸宅が多いが、徐々に低層マンション化が進んでいる。一帯は外国人居住者が多い。

南麻布三丁目にはフィンランド大使館、料亭有栖川清水などもあり、細い道に古い邸宅が並び、今なお落ち着いた町並を残している。本村小学校周辺から奴坂に抜ける道などは、六本木六丁目再開発で失われてしまった玄碩坂周辺の面影を感じさせる。古川沿いには企業向けの中規模ビルが並び、ごみごみした感じは徐々に失われつつある。

■ 町内の坂

新坂
絶江坂
仙台坂
薬園坂
奴坂

■ 町内の神社仏閣

氷川神社
春桃院
妙行寺
天真寺
遍照寺
称念寺
明称寺
西福寺
円沢寺
曹渓寺
浄専寺
若松寺
延明院

■ 町内の教育施設

私立麻布中学校
私立麻布高等学校
港区立本村幼稚園
港区立本村小学校

■ その他町内にあるもの(あったもの)

がま池
衆楽園(釣り堀)
麻布プリンスホテル(今はない)
料亭有栖川清水

■ 参照ページ

麻布春桃院門前


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2003年10月14日公開 2005年2月27日更新


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