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麻布鬼子母神


■ 所在地

西麻布3-21-16あたり、旧麻布霞町21番地。六本木通りの西麻布交差点から六本木に向かう霞坂の途中あたり。現在は青梅市に移転し、当地はマンションになっており、碑だけが残されている。

■ 詳細

1941(昭和16)年発行の「麻布區史」によると、鬼子母神はただ「観音堂」と紹介され、「日蓮宗一致派境外仏堂鬼子母神をも安置す」とあり、昭和35(1960)年発行の「港区史」では、「観音堂」は「現在の慎徳寺」とだけ記されている。

江戸末期、明治初期の古地図には表示がないが、港区史には、江戸期から毎月8日、18日、28日には縁日が開かれていたという記述もあり、古くからこの地にあったものとも類推できる。

「慎徳寺」で調べてみたところ、同名の寺院が東京都青梅市に存在することを知り、電話をしてみたところ、やはりかつて霞町にあった寺院が移転したものであり、慎徳寺と鬼子母神は同一のものであった。移転の時期は昭和42、43年頃とのことである。

今後、さらに取材を行い、往事の状況などが伝えられればと思っている。

 

西麻布3-21-16。かつて鬼子母神があった場所には、碑だけが残されている。近所の方だろうか、花束が供えられている。この場所に碑があることを知らない人も多い。

 

昭和16(1941)年発行の「麻布區史」本文中に掲載されている鬼子母神の写真。粒子が粗く見にくいが、門右手には、跡地に立っている石碑と同じ物が立っている。


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2004年2月15日公開

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